Last update : 2024.07.10

日本医学会連合TEAM事業・日本肥満学会・
日本肥満症治療学会 合同企画シンポジウム
【第1部】肥満症に伴う各々の健康障害の発症・進展
とBMIの関係と減量による改善効果

発表者

ご氏名 石橋 英明 先生
参画学会 公益社団法人 日本整形外科学会
ご所属 医療法人社団愛友会伊奈病院
ご講演タイトル ロコモティブシンドロームと運動器疾患に対する肥満の影響と
減量の効果
略歴 1988年東京大学医学部卒業。東大病院、三井記念病院、東京都老人医療センター(現・健康長寿医療センター)などで整形外科医として勤務後、1992年、東京大学大学院医学系研究科入学。1996年に同大学院学位取得終了後、米国ワシントン大学に博士研究員として留学。1999年より東京都老人医療センター整形外科勤務、2000年同医長、2004年より伊奈病院整形外科部長、2020年より現職。日本整形外科学会専門医、ロコモチャレンジ!推進協議会副委員長、日本骨粗鬆症学会理事、同学会骨粗鬆症リエゾンサービス委員会委員長・広報・連携委員会・骨粗鬆症マネージャー認定事業委員会委員、日本骨粗鬆症財団理事、NPO法人高齢者運動器疾患研究所代表理事。

ご発表内容の要約

高齢化が進むわが国においては、健康寿命の延伸、介護予防、そして自立高齢者や就労高齢者を増やしていくことが大きな課題となっている。そのためには、体の動きに直接関わる運動器の健康を維持すること、つまりロコモティブシンドローム(以下、ロコモ)対策が重要である。ロコモは「運動器の障害による移動機能の低下」と定義され、運動器の障害には、変形性関節症、変形性脊椎症と脊柱管狭窄症、骨粗鬆症と脆弱性骨折などの運動器疾患と、筋力・バランス・柔軟性・敏捷性・持久力などの運動機能の低下が含まれる。
ロコモの予防と改善のポイントは、習慣的な運動、活動的な生活習慣、適切な栄養摂取、そして運動器疾患の予防と治療である。種々の筋力トレーニングや有酸素運動を継続することによって、運動機能自体の維持・改善につながるとともに、骨粗鬆症、転倒、変形性関節症といった運動器疾患についても改善が期待できる。しかし、肥満は身体活動時の負荷の増加に直結することから運藤機能低下につながり、多くの運動器疾患は以下に示すように肥満により悪化し、減量により改善することが示されている。

変形性膝関節症

  • ・BMIが5上昇すると、変形性膝関節症の相対リスクが男性で1.22(95%CI:1.19-1.25)倍、女性で1.38(95%CI:1.23-1.54)倍となる(1)。
  • ・日本における大規模コホート研究であるROAD studyのベースライン調査では、BMIが1上昇するごとに、変形性膝関節症のリスクが14%有意に上がるとされた(2)。
  • ・Osteoarthritis Research Society International (OARSI)の変形性膝関節症のガイドラインにおいて「体重過多の変形性膝関節症患者には、減量し、体重をよく低く維持することを奨励する(推奨度A)」と記載されている(3)。
  • ・454例の変形性膝関節症である肥満者を対象としたメタアナリシスでは、体重が5.1%減少すると、主観的障害度が有意に改善したとされている(4)。
  • ・日本整形外科学会の変形性膝関節症診療ガイドライン2023 (5)では、「変形性膝関節症には複数のリスク 因子が存在し、これまでに肥満(過体重),女性,高齢,膝関節外傷の既往,膝関節に負荷をかける活動性(職業)が明らかとなっている。」と記載されている。また、変形性膝関節症に対する体重減少の鎮痛効果について、5件のランダム化試験のメタアナリシスで有意な効果が示されなかったとされている。
  • ・過去の最大体重が71㎏以上の群は、62㎏未満の群に比べて膝OAの有病率が6.01倍に有意に増加した(6)。

変形性股関節症

  • ・2002年に発表された欧米人を対象としたシステマティックレビューでは、肥満は股関節症の危険因子であり,オッズ比は2.0であった。(7)
  • ・英国での変形性股関節症1,007例の調査では, BMI 25未満に対してBMI 25 以上 30未満では変形性股関節症発症リスクが1.65倍であった。(8)
  • ・9135人のコホートの参加者のうち、平均9.1年経過中に202人が人工股関節全置換術を受け、肥満および運動機能低下がみられる場合は人工股関節手術を受けるリスクが2.67倍、肥満のみでも1.65倍になっていた(9)。
  • ・日本整形外科学会の変形性股関節症診療ガイドライン2024 (10)では、「肥満は、日本人、欧米人ともに股関節症発症の危険因子となり,特に成人の初期に太り始めた場合にはリスクが高い。一方,肥満が危険因子にならないとする報告もある。」と記載されている。
  • 寛骨臼形成不全による股関節症と新たに診断された 336 例の日本人女性を対象に行われた研究によると,20歳時からの体重増は,重症な股関節症の診断に対してオッズ比 2.02 (95%CI 1.07-3.80,p=0.27)であると示された(11)。

変形性腰椎症と腰痛

  • ・Framingham studyの参加者のうち、187名を対象とした調査では、肥満者は腰椎の椎間関節の変形性関節症が2.8倍有意に多かった(12)。
  • ・日本の大規模コホートの調査では、BMIが1上昇すると、変形性腰椎症のリスクが6%有意に高まっていた。また、BMIが1多いと、3年間の観察期間中で変形性腰椎症の発症が1.1倍に上がっていた(13)。
  • ・日本整形外科学会の腰痛診療ガイドライン2019 (14)では、「標準(BMI 18.5 〜 25.0)より低体重あるいは肥満のいずれでも腰痛発症のリスクと弱い関連が認められ,健康的な体重の管理が腰痛の予防には好ましい。標準体重に比べ体重過多群と腰痛の有病率に弱い関連 OR 1.37(95% CI 1.09~1.71)がみられた。」と記載されている。

骨粗鬆症と転倒

  • ・FOSTAスコア(=[体重(㎏)-年齢(歳)]x0.2)が-4以下、すなわち年齢から体重を引いた値が20以上になると、骨粗鬆症のリスクが高い(15)。つまり、肥満者は骨が強い。これは、骨にかかる力学的負荷が高いためと考えられる。
  • ・10755名の高齢者を2年間追跡した縦断観察研究では、非肥満者に対して、BMIが30~34.9の群で1.12倍、35~39.9の群で1.26倍、40以上の群で1.50倍、転倒が有意に多かった(16)。
  • ・米国において腹囲が男性で102㎝以上、女性で88㎝以上と規定した中心性肥満を有する者は、それ以外の者に比べて転倒が1.37倍有意に多かった(17)。

以上のように多くの運動疾患において、肥満は発症や悪化の要因となることが示されている。まとめると、①変形性膝関節症は、BMIが上がると発症リスクが高まり、5%の減量で症状の軽減が期待できる。②変形性股関節症は、海外では肥満と関連を占めす報告が多い。③変形性腰椎症は、肥満、BMIと関連すると内外から報告されているが、腰痛のガイドラインでは、肥満との有意な相関はないとされている。④肥満者は、骨量は多いが転倒も多く、運動機能の維持が転倒予防に重要である。といったことである。肥満症患者の減少は、ロコモや運動器疾患においても重要な対策となり得ると考える。

【文献】

1. Jiang L, et al. Joint Bone Spine. 2012; 79: 291-7
2. Muraki S, et al. Osteoarthritis Cartilage 2009; 17: 1137-1143
3. Zhang W et al. Osteoarthritis Cartilage. 2008; 16: 137-62
4. Christensen et al. Ann Rheum Dis. 2007; 66: 433-9
5. 日本整形外科学会監修.変形性膝関節症診療ガイドライン2023 南江堂(東京)2023
6. Yoshimura N, et al. Mod Rheumatol. 2006;16(1):24 - 9.
7. Lievense AM, et al. Rheumatolog (Oxford)2002; 41: 1155-62
8. Holliday KL, et al. Osteoarthritis Cartilage 2011; 19: 37-43
9. Hussain SM, et al. Scand J Rheumatol 2018; 22: 1-8
10. 日本整形外科学会監修.変形性股関節症診療ガイドライン2024改訂第3版 南江堂(東京)2023
11. Ohfuji S, et al. BMC Musculoskelet Disord. 2016;17:320.
12. Kalichman L, et al. J Back Musculoskelet Rehabil 2009; 22: 189-95
13. Muraki S, et al. Ann Rheum Dis 2009; 68: 1401-6
14. 日本整形外科学会監修.腰痛診療ガイドライン2019改訂第2版 南江堂(東京)2019
15. Koh LK, et al. Osteoporos Int 2001; 12: 699-705
16. Himes CL, et al. J Am Geriatr Soc 2012; 60: 124-9
17. Cho BY, et al. Am J Prev Med 2018; 54: e59-e66.